無言の重さ

本日終日在宅して、原稿の文字化に専念。

夕刻富士正晴の『帝国軍隊に於ける学習・序』に目を移して読了。
記録文学というべきでしょうか、死んでった人々を「記録」せずにはおれなかった
そんな著者の表題作です。

今年も新聞紙面を戦争や原爆のことが載る季節になりました。
亡き父は飛行隊の整備士として多くの同世代の若者を見送りました。
老母は京都で「動員」の日々でした。京都はまだ平穏でしたが、
京都駅前の東本願寺で家族と泣きながら分かれる出征兵士のことは繰り返し語りました。
父は殆どなにも語りませんでした。

家人の亡父は中国中部から南部はてはベトナムあたりまで行っていたようです。
浄土真宗の僧侶でしたが、ほとんど何も語らなかったといいます。
今ネット上のコメント欄などには、どんな世代の方か、勢いばかりよい
また侮蔑の言葉が飛び交っていますが、父たちの無言の重さは所詮分からないのだと思います。
言葉の軽さと無言の重さを考えさせられる季節です。

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by seta_shijimi | 2017-08-04 17:09 | Comments(0)