スコセッシの映画「沈黙-サイレンス-」にがっかり

先日このブログでも触れた、スコセッシ監督による映画「沈黙」
今観てきました。午後代休をとって、ちかくのシネコンで。
観終わったところなので、少し経てば・・・
という保留付きですがうーん期待はずれでした。

映画と原作はイコールでなくていいわけですが、
遠藤周作の原作には及びませんでした。
事前にすでに見た知人から長く感じなかったという
評判を得ていたのですが
たしかに、まあ、淡々と観終わりました。
積み重ねがない映像とストーリー。
とてもアカデミー賞云々とはいえませんね。

予告編で監督が日本のクリスチャンの歴史に敬意を
評して云々といっていたので、あれっとおもっていたのですが
たしかにエンドロールの最初に、日本の司祭者と信徒に敬意を表して
とかなんとかの献辞が示されて、そりゃないだろうと思いました。
信仰と神からの応答ということがテーマの一つなだけに
だからこそ、それを言っちゃおしまいだよね。

キリスト教圏の監督が作った「護教映画」だというと怒られるかと思いますが
遠藤の苦悩はもっと深いと思います。やはり映像化は無理なのか
異文化理解も難しいものですね。

キチジローは、原作でもちょっとくどく感じるのですが
映像化すると行動の脈絡がいよいよわからない。
長崎奉行はまずまず。
通詞役もまあ。そのくらいですか。
あの怪力男は不必要ですよね。なんでしょうね。

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by seta_shijimi | 2017-01-30 18:59 | Comments(0)